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今回は、こういう活動をしていて、いろいろな方々から知らせていただいた詩を3編ご紹介します。
子育て中にはちょっと疲れたり、子どもとずっといることが時にはイヤになることだってあるかもしれません。そういう時にこういう詩を読んで見てはいかがでしょう。
★ わたしにふれてください ★
もしわたしがあなたの赤ちゃんなら どうぞ わたしにふれてください
今までわたしが知らなかったやさしさを あなたからもらいたい
おふろにいれてください おむつを替えてください おっぱいをください
ぎゅっと抱きしめてください ほほにキスしてください
わたしの体をあたためてください
あなたのやさしさとあなたのくれる快楽が わたしに安心と愛をつたえてくれるのです
もしわたしがあなたのこどもなら どうぞ わたしにふれてください
いやがるかもしれないし 拒否するかもしれないけど 何度もそうしてください
わたしがどうしていやがるのかをわかってほしいから
おやすみなさい と抱きしめるあなたの腕がわたしの夜を甘くしてくれる
昼間に見せてくれるあなたのやさしさが あなたの感じる真実を伝えてくれる
もしわたしがあなたの思春期のこどもなら どうぞ わたしにふれてください
もう大きくなったのだからなんていわないでください
あなたがわたしにふれるのをためらうなんて思いたくない
あなたのやさしい腕が必要です あなたのおだやかな声を聞きたいのです
人生は困難なものかもしれないとわかった今
わたしの中の小さな子供があなたを必要とするのです
もしわたしがあなたの友達なら どうぞ わたしにふれてください
あなたがだきしめてくれると わたしはあなたにとって大切な人だとわかるから
あなたのやさしさが 落ちこんでいるわたしも、かけがいのない存在であることを思い出させてくれるから
そしてひとりではないと思い出させてくれるから
わたしにやすらぎをくれるあなたのありよう それだけがわたしが信じられるもの
もしわたしがあなたのセックスの相手なら どうぞわたしにふれてください
あなたは 情熱さえあれば十分と思うかもしれない
でも あなたの腕だけがわたしの恐れをとかしてくれる
あなたのやさしくおだやかな指先をください
あなたにふれられて わたしは愛されているということを思い出すことができる
わたしはわたしなのだ ということを思い出すことができる
もしわたしがあなたの大きくなった息子なら どうぞ わたしにふれてください
わたしには 抱きしめるべきわたしの家族はいるけれど
それでも 傷ついたときにはお母さんとお父さんにだきしめてほしい
お父さん、あなたといるとすべてが違ってみえる
わたしが、大切なわたしであると思い出すことができる
もしわたしがあなたの年老いた父親なら どうぞ わたしにふれてください
あなたが小さかったときに わたしがあなたにふれたと同じように
わたしの手をにぎり わたしのそばにすわって わたしを力づけてください
わたしの疲れた体によりそい あたためてください
わたしは随分しわくちゃになってしまったけれど あなたのやさしさに力づけられる
どうぞ 何もおそれないで ただ わたしにふれてください
※「この詩は、もともと、JICAブラジル家族計画・母子保健プロジェクトのニュースレター『セアラだより44号』よリ転載しました。ブラジルでのトレーニングでみんなに好まれ朗読されたそうです。この詩を聞き多くの人が涙しました。日本でも、“会の終了時にみんなで朗読”を助産婦ネットワークJIMONが始め、他のイベントにも広まっています」。こういうお便りとともにご紹介いただいた詩です。
★ あなたの温もりを赤ちゃんに… ★
あなたがこの世に生を享けて
こんなに大きく育まれるまで
一体何人があなたのことを愛しただろう
一体何人があなたのことを大切に思い、温もりを伝えてくれただろう
心の中に燃える灯りがあるから
それをお互いに伝え合うことができるから
人は生きていけるし
あなたもそうだし
あなたが守りたいと願う目の前の小さな生命(いのち)もそうでしょう
今度はあなたが伝える番です
あなたが受け継いだ温もりを
あなたの人生の輝きを
あなたの全てを
眼の前の小さな生命に
頼りなくて危うくて壊れそうで
でも、柔らかく温かく確かな重みのある、かけがえの無い我が子に
抱っこして下さい
できれば母乳で育てて下さい
そして、伝えて下さい
あなたの温もりを、赤ちゃんに…
★ 「最後だとわかっていたなら」 ★
あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら、
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう。
あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら、
わたしは あなたを抱きしめてキスをしてそしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう。
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら、
わたしは その一部始終をビデオにとって毎日繰り返し見ただろう。
確かに いつも明日はやってくる見過ごしたことも取り返せる、
やりまちがったこともやり直す機会が いつでも与えられている。
「あなたを愛してる」と言うことはいつだってできるし、
「何か手伝おうか?」と声をかけることもいつだってできる。
でも もしそれがわたしの勘違いで今日で全てが終わるとしたら、
わたしは、今日どんなにあなたを愛しているか伝えたい。
そして私達は 忘れないようにしたい。
若い人にも 年老いた人にも明日は誰にも約束されていないのだということを、
愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。
明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず、
もし明日が来ないとしたらあなたは今日を後悔するだろうから。
微笑みや 抱擁や キスをするためのほんのちょっとの時間を、
どうして惜しんだのかと忙しさを理由にその人の最後の願いとなってしまったことを、
どうしてしてあげられなかったのかと。
だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう。
そしてその人を愛していること、
いつでも いつまでも大切な存在だということをそっと伝えよう。
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を、
伝える時を持とうそうすれば もし明日が来ないとしても、
あなたは今日を後悔しないだろうから。
※この詩は、NYFD(ニューヨーク消防局)に勤め、犠牲者救出の為に命を落とした20代の青年のものであり、死の2週間前に書かれたものだそうです。
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